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中世

青森県域が明確に中央政権に組み込まれるようになったのは鎌倉時代初頭であると考えられている。 平安時代末期に奥州藤原氏を倒した源頼朝によって南部氏が糠部五郡を与えられたとの記述があり、 南部氏自体がその領土を与えられたかは別にして、同地域が鎌倉幕府の影響に入ったことはうかがえる。 この時代から室町時代中期にかけて、津軽安藤氏が下北半島や津軽半島、また蝦夷島(北海道)の沿岸部を支配し、 海上交易で栄えた。特に十三湖沿岸に築いた港(十三湊)には大きな町が形成され、現在でも中国や日本各地の陶磁器が出土している。

ところが津軽安藤氏は鎌倉時代末期に内訌を起こして(津軽大乱)勢力を後退、また、南北朝時代の到来に当たっては北朝側につき、 現在の岩手県南部から青森県東部の内陸部に勢力を持ち始めた南部氏は南朝方についたために同氏と対立、抗争した。
情勢は南部氏有利に進み、安藤氏は蝦夷が島に駆逐された。南部氏は海上交易にはあまり力を入れず、安藤氏によって繁栄した各港は衰退した。一方、室町時代半ばには津軽地方では浪岡を中心に北畠氏が大きな勢力を誇った。

15世紀半ばに安藤氏を駆逐した南部氏は大きく勢力を拡大、16世紀半ばには津軽・下北・糠部地方一帯の広い領土を支配し、「三日月の丸くなるまで南部領(領土が広いために南部領を進んでいるうちに三日月が満月になってしまうということ)」と讃えられた。しかし、16世紀後半になると南部氏の一族の大浦為信が反乱を起こして南部氏の諸城を落城させ、津軽地方、外ヶ浜、糠部の一部を支配した。
 
為信とその子信牧の二代をかけて弘前城の築城、同地への城下町の建設、羽州街道や岩木川の整備などが行われ、津軽の統治体制が確立している。一方、南部氏は青森県東部は所領として残った。

近世から明治初年

江戸時代には主に盛岡藩8万石(後に20万石に高直し)と弘前藩10万石が現在の県域にあたる地域を支配した。ほか、盛岡藩の支藩として八戸藩2万石、七戸藩1万石そして弘前藩の支藩として黒石藩1万石があった。いずれの藩においても最北の地にあるため飢饉の際に大きな被害を受けたが、下北地方では餓死者がほとんどいなかった。江戸時代においても青函海峡沿いにアイヌ人がいたと伝えられている。

戊辰戦争時、弘前藩も盛岡藩も当初奥羽列藩同盟に属していたが、途中で弘前藩は官軍に寝返った。戦後、盛岡藩は大幅に石高を減らされ、その跡に斗南藩が置かれ、もと会津藩の松平家が3万石で入った。

近代以降の年表

  • 1868年11月 旧暦9月、野辺地町で弘前藩兵と盛岡藩兵・八戸藩兵とが交戦。
  • 1871年7月 廃藩置県。現在の青森県域には、旧藩を引き継いだ弘前県、黒石県、斗南県、七戸県、八戸県が成立。
  • 1871年9月 弘前県、黒石県、斗南県、七戸県、八戸県、館県(旧松前藩)の合併により、弘前県が成立するが、その直後、県庁が弘前から青森に移ったことで、青森県と改称。歩兵第5連隊青森駐屯。
  • 1872年10月 福島郡など(旧館県)が開拓使に移管。
  • 1876年 明治天皇巡幸。
  • 1876年5月 二戸郡を岩手県に移管して現在の県域が確定。
  • 1896年 第8師団、弘前に駐屯。
  • 1902年1月 歩兵第5連隊第2大隊、八甲田山雪中遭難。
  • 1905年 第8師団日露戦争に従軍、黒溝台の戦いで死傷6300人。
  • 1922年 第8師団シベリア出兵。
  • 1929年9月 米国の太平洋横断機タコマ市号、三沢海岸から出発したが東通村尻労に引き返す。
  • 1930年10月 米国の太平洋横断機ミス・ビートル号、三沢海岸から出発し合衆国ワシントン州ウェナッチに着陸。
  • 1945年7月 青森大空襲、また八戸、三沢、大湊などでも空襲、青函連絡船7隻沈没、青森大空襲での死傷者1769名。
  • 1945年9月 米第7艦隊、大湊に入港(8日)。米陸軍、旧日本海軍三沢飛行場を接収して三沢基地に。
  • 1954年9月 青函連絡船洞爺丸が北海道七重浜沖で転覆、乗客乗員合わせて1139名が死亡又は行方不明。
  • 1965年 青森空港営業開始。
  • 1967年 科学技術庁、大湊港を原子力船母港に決定。
  • 1980年 車力ミサイル基地発足。
  • 1985年 核燃料サイクル施設、六ヶ所村に立地決定。
  • 1985年 米空軍三沢基地へのF16戦闘機配置が開始。
  • 1985年3月 青函トンネル本坑貫通。
  • 1985年夏 冷夏、青森県の作況指数は47。
  • 1987年7月 現在の青森空港が供用開始。
  • 1988年3月 青函トンネル営業開始。これにともない青函連絡船営業廃止。
  • 1988年 7月9日から9月18日まで青函博覧会が行われた。マスコットは「シャコちゃん」。エアドームの愛称は「夢来ちゃん」。
  • 1991年9月 台風19号によるリンゴ落下(被害面積22,400ha)。最大瞬間風速は青森市で53.9m/s。
  • 1992年
    • 原子力船むつ解体。
    • 三内丸山遺跡発掘調査開始。
  • 1993年夏 冷夏、青森県の作況指数は28、特に太平洋側は皆無作。
  • 1993年12月 白神山地、ユネスコ世界遺産に登録。
  • 1994年8月 三内丸山遺跡の永久保存と活用が決定。
  • 1995年4月 青森空港にソウル線とハバロフスク線が開設。
  • 1997年10月 第1回北東北知事サミット、十和田湖で開催。
  • 2000年10月 第4回北海道・北東北知事サミット、黒石市内で開催。
  • 2002年12月 東北新幹線盛岡~八戸間開業。
  • 2006年1月~2月 平成18年豪雪の被害を受ける。


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