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羽島市(はしまし)は岐阜県の市。岐阜県内で唯一、新幹線駅がある自治体である。

地理

岐阜県南部、沖積平野である濃尾平野に位置し、殆どが砂地である。東は木曽川、西は長良川に挟まれているが、かつては底の浅い巨大河川とその支流が網目状に存在していたため、頻繁に水害に見舞われていた。そのため輪中が発達していたが、今ではほとんど失われている。とはいえ、輪中堤防上に作られた祠や神社が点在し、また輪中の境で土地の高さが異なるなど名残りは多い。水は豊富でかつては数メートル掘れば地下水が出た。現在では地下水の採りすぎのためか十数メートル掘らなければ地下水が出ない。冬は伊吹山から吹き付ける伊吹おろしが吹く。

 

隣接している自治体

歴史

7000年以上前は海の底であった。縄文時代の土器が木曽川河川敷から発見されており、そのころには既に定住が始まっている。神話上の話であるが、ヤマトタケルが伊吹山を下山後足近町(阿遅加)に立ち寄ったとの記述が古事記にある。これが羽島市内の地名の初出である。

律令体制が確立して後は尾張国の葉栗郡と中島郡として管理された。平安時代末期、源平の合戦が長良川河畔で行われる。戦いは源氏の勝利に終わったが、平氏の亡霊の伝説が残っている。

室町時代に入り、織田氏と土岐氏(斉藤氏)がこの地域周辺を巡って小競り合いを繰り返していた。竹ヶ鼻城が竹腰尚隆によって建てられており、当初は土岐氏の領土であったと考えられるが、恐らく織田信長の美濃攻略のときに織田氏に支配権が移ったと考えられる。

1584年、竹ヶ鼻城が豊臣秀吉によって攻略され戦火を被る。

1586年に木曽川で大洪水が起き、流路が現在のように羽島市の東となった。葉栗郡は木曽川によって二つに分かれ、美濃側を羽栗郡と改称した。こうして現在の羽島市は美濃国の行政区画に組み入れられた。

1600年関ヶ原の戦いで再び竹ヶ鼻城が攻撃された。また、加賀野井城城主加賀野井氏もこの戦いの結果滅び去ったため、羽島市を拠点とする大名はいなくなった。

江戸時代は幕領として扱われる。桑原町にあった大須観音(真福寺)や正木町大浦にあった聖徳寺は名古屋へと移され(今の名古屋市中区大須の大須観音)、かつての活気は失われた。度重なる水害に羽島市を含む一帯にお手伝い普請として薩摩藩が治水工事(宝暦治水)を行った。その名残が石田の猿尾(木曽川から支流への水の勢いを弱める突起堤防)である。この工事により切腹したり病死した薩摩の武士は薩摩義士として竹鼻別院に墓が設けられた。このような治水工事にも関わらず江戸時代を通じて水害は殆ど減らなかった。そのため、水にまつわる伝承や伝統行事などがある。ヤロカの大水(ヤロカ水)はそのような伝承の一つで、山奥からヤロカ、ヤロカという怪音声が聞こえてきたため、それに答えると洪水が起きたというものである。

 
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