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久留米市(くるめし)は、福岡県の南部(筑後地方)にある中心的な市。市町村制施行時(1889年4月1日)からの市である。特例市に指定されており、2005年2月5日に三井郡北野町・三潴郡三潴町・三潴郡城島町・浮羽郡田主丸町を編入し人口が30万人を突破したため、2008年度からの中核市移行を目指している。

福岡市北九州市に次ぐ福岡県第3位、九州第8位の人口を擁する都市で、福岡県南部、佐賀県東部の周辺市町との関係が深く、久留米市を中心に独自の経済圏を形成しており、広域圏の人口は約46万人である。

地理

地形

福岡県の南部、筑後平野に位置する。中心街である西鉄久留米駅からJR久留米駅にかけての一帯は福岡市から約40kmの場所に位置するが、2005年の周辺自治体編入により市域は東西約32km、南北約16kmとなり、東西に長くなった。市の北東部から南西部にかけて、筑後川が流れている。ほぼ川に沿って境界が引かれており、筑後川が市内を貫いている部分は少ない。市の南部から南東部は耳納(みのう)山地と呼ばれる山地となっており、鷹取山・発心山・耳納山などの山々が連なっている。

 

歴史

律令制下で制定された令制国の一つである筑後国の国府が置かれ、以後、筑後国の中心として栄えた。平安時代末期の1164年(長寛2年)、肥前国の豪族草野永経が現在の草野地区(旧草野町)に入り、以後約400年間、北部の山本郡は草野氏が支配し、南部の三潴郡は筑後十五城筆頭の蒲池鑑盛を領主とする柳川の蒲池氏が支配。江戸時代に入り1621年(元和7年)、有馬豊氏が徳川氏から戦功を認められて丹波国福知山(現在の福知山市)から加増移封され、以後は有馬氏の統治による久留米藩の中心地となった。

廃藩置県によって久留米県(→三潴県)の県庁所在地となったが、1888年に三潴県が福岡県に統合されたため県庁所在地ではなくなった。

太平洋戦争末期、1945年8月11日の久留米空襲により死者212名、焼失戸数4,506戸を出した。

 
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