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小浜市(おばまし)は、福井県南西部(嶺南)の都市の一つ。

概要

畿内にも近く、律令時代より前から、ヤマト王権の日本海側入口として盛えて来た。奈良時代からの文化財も多く残るため、「海の正倉院」「海の有る奈良」という異名を持つ。文化財の集積率は、京都・大津・奈良に匹敵する規模を誇る。

3月に奈良の東大寺で実施されるお水取りの水は、遠敷川鵜の瀬から送られた物とされている。このため、近畿地方内では特に奈良との関係が深い。

江戸時代には、京極氏が治める小浜藩の城下町であった。この代から、鯖の水揚げ基地ともなっている。

地理

福井県南西部、若狭国中央部に位置し、北は若狭湾とその内湾である小浜湾に面する。古くから日本海の要港であった。東南部から小浜湾に流入する北川流域に平地が開ける。
  • 山:久須夜ヶ岳、百里ヶ岳
  • 川:遠敷川、南川
  • 湾:若狭湾(小浜湾)
  • 半島:内外海半島

歴史

 

律令時代

若狭国の遠敷郡(おにゅうぐん)と大飯郡の一部を占め、延喜式名神大社で若狭国一宮の若狭彦神社、若狭国二宮の若狭姫神社が鎮座する。他にも延喜式内社は多い。

若狭国府も小浜付近にあったと考えられるが、比定地は不明である。

戦国時代から江戸時代まで

中世には武田氏が安芸から、若狭守護として入り、京都から多くの貴族を招くなど、公家文化が華ひらいた。織豊期に、越前国の朝倉氏の攻撃によって衰退した。

関ヶ原の戦いの後、京極高次が若狭一国8万5000石を賜って小浜城を築き、小浜は小浜藩の城下町として盛えた。その後、京極家は転封、代って酒井忠勝が徳川家光から、長年の忠勤の褒美として、若狭の国持大名として封じられる。しかし、国持大名としては一代のみ。

 
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