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市川市(いちかわし)は、千葉県の北西部に位置する市。

概要

市川市は、縄文時代の昔より栄えた地域で、市内には堀の内貝塚、姥山貝塚等多数の貝塚があり、その集中度は国内最大級である。また、市内の真間に手児奈という絶世の美少女がいたという伝説があり、その噂は遠く都にまでとどき万葉集に詠まれるほど有名で、当時は東国(関東)を代表する地域だった。

国府台(こうのだい)より広がる高台は、常にこの一帯の歴史を担って来た。古墳時代に小集落ができた。古墳はこのときはまだない(北根、前原、鳴神山、杉ノ木台)。その後、この高台上に多くの古墳が築かれた。法皇塚古墳(東京医科歯科大構内)、弘法寺古墳(真間山弘法寺敷地内)、明戸古墳(里見公園内)の3基の前方後円墳の他、国府台近辺だけで約30箇所の古墳があったと推定されている。 その後、律令制により国府が置かれ、下総国の中枢となった。15世紀には太田道灌と里見義堯が国府台城を築城し、二度にわたる国府台合戦の舞台となった。幕末、勝海舟によって国会議事堂の選定地として考慮に入れられたこともある(恐らくテームズ川にそった英国の国会議事堂を想定していたとされる)。明治に入ると陸軍教導団の施設が造られた。  
教導団は明治30年代に廃止されたが、その後、陸軍の野砲兵連隊等が置かれ、市川は軍隊の町として栄えた。

終戦後、陸軍の広大な土地は、国立精神・神経センター国府台病院(戦前は陸軍病院だった)、国府台スポーツセンター、東京医科歯科大学、千葉商科大学、和洋女子大学、筑波大学附属聾学校、千葉県立国府台高等学校、市川市立第一中学校の各施設に変わった。

市川市は、江戸川をはさんで東京都のすぐ隣で、都心から20km圏内に位置し、首都圏のベッドタウンとして発展している。南部は住宅地としてひらけ、北部の傾斜地等には豊かな自然が未だ残っている。

 
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